嫁入り道具は金庫ひとつ

私の母は小さい頃に母親を病気で亡くし、父親は仕事をしながら小さい母の面倒を見ることはできなかったので、母は児童養護施設に入りました。そして養護施設に入っている間に、父親も病死してしまったので、中学生で天涯孤独になりました。幸い施設での生活は、先生や支援者が皆さんとても温かく、高校を卒業して就職するまで、その施設で不自由なく過ごしたそうです。高校卒業後は寮があるお弁当工場に就職し、母はそこで正社員として頑張りました。母は持ち前の明るさで周囲の人に溶け込み、なにかとコミュニケーションを取りにくい、日系ブラジル人の人たちとも、とても仲良くなれたそうです。

そしてその工場で知り合った私の父と結婚するため、その寮を出ました。結婚の際、施設の先生に挨拶に行くと、先生が意外なものを出してきたそうです。それはなんと、金庫。施設に入る時に、母の父親が母に持たせた荷物だそうです。鍵も残っていて、ダイヤル設定の仕方の説明書も、先生はきちんと残していてくださったそうです。金庫の中には祖母の写真と母のへその緒。そして古いお札で10万円が入っていたそうです。母の父が病気に倒れた時に、母が嫁に行くときに渡して欲しいと先生は頼まれていたそうです。母はその金庫を嫁入り道具として、父の所へお嫁に行きました。

その金庫は今でも私たちの家にあり、現役で働いています。私の小さい頃から3回ほど引っ越しをしましたが、その都度きちんと引っ越し業者さんに頼んで運んでもらった金庫は、家の中でもいちばん古い家具になります。普段はクローゼットの中にあるので、他の家具のように使用していくうちに古くなったり傷ついたりすることもなく、母が手にした時とほとんど変わらず、どっしりと構えて、まるで私たちを見守ってくれているかのようです。